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『浜田温泉』・『日の出温泉』温泉コラム 2

『浜田温泉』・『日の出温泉』温泉コラム 2

『浜田温泉』・『日の出温泉』温泉コラム 2

夏に別府を離れるとき、「フェリーさんふらわあ」という船に乗った。大阪に渡る夜行船で、船の中には温泉浴場があった。フェリーの腹に開いた窓が、温泉なのであった。
まどろみのような日没の時間に、船の甲板に座ってプシュリと缶ブタを開ける。ボオーという汽笛の音と、オイルのにおい。遠ざかる海岸線にちびちびと町灯りがともっていくのが見える。私たちが仕事をしながらひと夏を暮らした一軒家もその中にある。

豊後水道の沖から俯瞰して、「よく別府湾に守られた町だな」と私は思った。

別府は海と山に囲まれた町である。「山側」の鉄輪からはぐるりと弧を描いた別府湾を見渡し、「海側」の海岸線からは、青く雲の張った山を見上げる。

季節がぐるりと回って、別府に戻ってきたときにはもう秋になっていた。
私たちはここで、フリーランスとして仕事をしている。どの仕事も「成果物を作る」仕事なので、勤務時間というものがない代わりに、勤務時間は解放してくれない。だから作業が必要な週末もあった。

秋空に空気がすきっと澄んだ週末、私たちは海沿いのカフェに仕事をしに向かった。
別府の町を自転車で北上していくと、釣り人が糸を垂らす餠ヶ浜公園を通り過ぎ、「一遍上人が上陸した」という上人ヶ浜公園を通り過ぎる。
砂蒸し風呂で有名な別府海浜砂場を通り過ぎ、温泉が併設された競輪場を通り過ぎ、亀川漁港近くのカフェにたどり着く。亀川は、別府の温泉郷の北限になっている。

しばらく仕事をしてから、漁港から通りを一本入った『浜田温泉』に行った。
市民プールを思わせる手すりつきの浴槽が、広々として気持ちよい。古い温泉が平成に入ってリニューアルされ、バリアフリーになったということだった。浴槽のまわりには夕方のお湯を浴びに来た女性陣が座っていて、「あんた初めてね?」などと笑いながら世話を焼く。

資料館が併設されていて、「『浜田温泉』は昭和10年に作られました」「鉱泉の発見は明治30年にさかのぼります」などと説明があった。
昭和期の温泉跡は半地下の蒸し風呂室(今でいうサウナ)で、天井を見上げると光取りの窓があった。
「あんた、入り口の床に、ガラスの穴があったの見たかい?」と案内のおばあちゃん。
「見てないです」ぽかんと口を開けて、正直に答える。
「後で見せちゃる。朝はここからさあっと光がさして、そりゃ明るいんだから」

さて、別府の温泉郷の南限は「浜脇」という温泉エリアである。このエリアには「あつ湯」と「ぬる湯」で仕切られた温泉が多かった。

海沿いの国道にあるのは『日の出温泉』。
「今日はあつ湯とぬる湯の仕切りがないねえ?」お湯に浸かっていると、浴槽のまわりで身体を流すおばさんが話しかける。今日は「仕切らない日」らしい。
「広々として気持ちいいけどな。姉ちゃん熱くないか?」
「熱いけど、慣れました」私はいつものように正直に答えた。

熱さは刺さる。針のようにチクチクと。が、ぎゅっと握ったこぶしを開くようにゆっくりと身体を開くと、針加減もゆっくりと和らいでいく。それが意外といける。
「いけるやろ?」おばちゃんが笑う。「またおいでな、次は仕切りがある日に、あつ湯に入りぃ」

風呂上り、海岸線を北に歩いた。 とろとろと日が暮れていく。ボオーと汽笛の音がしたので沖に目をやると、ちょうどフェリーさんふらわあが出港していた。

「別府の町が湾に守られているのではなくて、」私はふと思った。「北端の浜田から、南端の浜脇まで、門番のように海岸線を守っているのが温泉なのだ」

潮風が冷たい。10分も歩くと、タオルの中につつんだ髪が固まって、コチコチになっていた。

文:原口 侑子
写真:©︎ 85mm Closer




別府で暮らし始めた経緯 

今年の春に帰国したら、Covid-19の影響でしばらく日本に滞在することになった。
「じゃあ、国内で行ってみたかったところに行って、暮らしてみよう」ということになった。
パートナーは温泉地で暮らしたいと言った。私は九州に来たかった。第一候補として別府が浮上し、夏にお試しで3週間暮らした。

夏の日差しがゆるむ夕暮れに、毎日海辺を歩いた。
素敵な一軒家を借り、青魚と日本酒、鶏刺しと焼酎に舌鼓を打った。飲食店には「STOPコロナ差別」という張り紙を見た。
毎日100円や200円で温泉に入れるという生活そのものが、極上のごちそうのようであった。

別府の美味しさと懐の深さと、その暮らしやすさの源泉を、もっと知りたくなって、秋から3ヵ月の期間限定で、再び別府に住まわせてもらっている。

著者紹介 

原口侑子(はらぐちゆうこ)ライター・弁護士
東京都生まれ。世界各国への旅(124カ国)、開発コンサルタント(アジア・アフリカの制度調査)などを経て、30カ国の裁判所を巡った『世界の裁判を旅する(仮)』(コトニ社)を2021年刊行予定。

その他ウェブメディア掲載記事:
https://jbpress.ismedia.jp/search/author/%E5%8E%9F%E5%8F%A3%20%E4%BE%91%E5%AD%90(紀行エッセイ)
https://www.call4.jp/story/(社会記事/訴訟ストーリー)

※この記事は2021年1月時点の情報をもとに作成しております。営業時間やサービス内容が変わっている可能性がございますので予めご了承ください。

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